最新の研究の紹介
〜機械的刺激に応答する多色発光材料〜

研究の背景
有機化合物からなる固体材料は、外部からの刺激、例えば、光、磁場、熱、等に応答してその物性を変化させる事が,知られています。特に光学材料として重要な物性として、フォトルミネッセンス(光照射下における発光)があり、外部からの刺激によってフォトルミネッセンスを制御することができれば、ディスプレイや蛍光イメージングテクノロジーへの応用が可能になります。上述した多くの刺激の中でも、最近特に注目されているのは、「押す」や「こする」といった機械的な刺激に応答する材料です。機械的な刺激によって発光色が変化する有機材料は、メカノクロミック発光材料と呼ばれており、人の手さえあれば加えられる簡単な刺激であるが故に、大変注目されています(参考文献1)。しかし、「押す」、「こする」といった人の手で加えられるような“巨視的な力”を分子レベルまで伝達することは非常に困難であり、これまでに報告されているメカノクロミック発光材料のほとんどが、偶然見出されたものであり、材料の合理的な設計指針は確立されておりませんでした。
我々は、そのようなメカノクロミック発光材料を合理的に設計する指針として、「準安定状態」を考えました。分子が固体(集合状態)になる時、ある条件下では外部からの刺激にとても不安定な状態が形成されます。これが「準安定状態」です。例えば、水をゆっくりと均一に0℃以下に冷やしても氷にならない場合がありますが、外部から機械的刺激を与えると一瞬にして凝固が始まります。これは過冷却と呼ばれる準安定状態の一種です。我々は、発光性の有機化合物を分子設計により意図的に準安定状態の集合状態をとらせれば、機械的刺激によって安定な状態に変化させた時に発光色が変化するのではないかと考えました。

 

研究の結果
【分子設計】分子1が、我々が今回開発に成功したメカノクロミック発光材料です。この分子は、コア部にπ共役化合物と呼ばれる堅い発光部位を有し、末端にそれぞれ、水もしくは油になじみ易い柔軟な側鎖が導入されています(図2a)。分子設計の1つの重要なポイントとして、水もしくは油になじみ易い側鎖を発光部位に導入する連結部に、それぞれ電子を引っ張る性質を持ったエステル基と、電子を押し出す性質を持ったアミノ基を用いたことがあげられます。このデザインにより、以下の2つの特徴が発光部位に付与されます。

1)発光部位の電子状態に偏りができ、環境に応じて発光色が変化する(図2b)
2)発光部位に磁石のような“極”が生まれる(図2c)

 この2)の特徴のため、発光部位は“極”を打ち消し合う逆平衡配列が安定な集合状態になります(図2c)。この事は、柔軟な側鎖を持たない参照化合物の単結晶X線解析により証明されました。一方、分子1においては、水もしくは油になじみ易い側鎖同士が集まる性質が働くため、極が揃った不安定な状態を意図的に生み出す事が可能になります。例えて言うと、棒磁石のN極とS極の向きを揃えて、箱の中に閉じ込めたような状態が得られる事になります。磁石は今にも飛び出しそうな不安定な状態で均衡を保っています。

図1.材料設計のポイント

 

【実験結果】分子1を、水に似た性質を持つ有機溶剤であるアセトニトリルに溶かして乾燥させると、黄色く発光するフィルムが得られます(準安定状態1)。このフィルムは、厚みが200nm程度であり、内部では分子1の2分子膜が層状に積層していることが、SPring-8放射光施設での実験により明らかになりました。このフィルムを押すと、オレンジ色に発光が変化し、薄膜がオイルのような状態になります(準安定状態2)。この状態は液晶という、結晶と液体の両方の性質を併せ持つ状態であることが明らかになりました。準安定状態1に存在する“極”同士の反発は、準安定状態2では流動性を持たせる事で緩和されていると考えられます。さらに、このオレンジ発光液晶を強くこすると、発光が黄緑に変化し、オイルのような性質が失われ、堅い膜となります(準安定状態3)。準安定状態3を穏やかに加熱すると、発光はさらに青みがかかり、安定状態となります。様々な構造解析とスペクトル測定により、安定状態は分子が動けなくなった結晶状態であり、準安定状態3は、安定状態に準安定状態1が混ざった中間状態である事が明らかになりました。この状態変化により、本材料は機械的な刺激と加熱によって、4色の発光を示すことがわかりました。

 

図2.状態変化の様子

 

 本材料のさらに興味深い点は、準安定状態2の一部分を擦っただけでも、全体を準安定状態3へ変化させられる点です。状態変化は1時間で1mmほど進みます(図4)。進む速度はそれほど早くはありませんが、微小デバイスへの応用を考えると十分な速度と言えます。この状態変化は、準安定状態3に接触した準安定状態2はすぐに状態変化を起こし、より安定な状態に変化する事を意味しています。すなわち、準安定状態2の安定性を何らかの手法で制御できれば、準安定状態3に対する応答の制御が可能になり、これを用いる事で分子セキュリティーデバイスへの応用が可能ではないかと考えました。

図3.準安定状態2から準安定状態3への伝播

 

 準安定状態2の安定性は、リチウムイオンの塩を加える事で制御できる事が明らかになりました。液晶である準安定状態2をリチウムイオンの溶液に浸すと、準安定状態3を接触させても、構造変化は起こりませんでした。そこで、この性質を利用したインクジェットプリント技術を用いたセキュリティーイメージングのデモを行ないました。従来、インクジェットプリンタではカラーインクを吐出してプリントしますが、本材料に対しては、基板に準安定状態2の薄膜を用い、インクにはリチウム塩の有機溶媒を用いました(図5a)。インクは透明ですので、インクジェットで“オレンジ”マークと“ORANGE”の文字をプリントしても、薄膜の見た目の色もオレンジ色の発光色も変化しないため、蛍光灯や紫外線照射下でもプリントしたイメージを読み取る事はできません(図5b)。しかし、基板の至る所に針の先に付けた準安定状態3の“たね”(結晶の小片)を接触させると、状態変化が誘発され、基板は緑色発光を示す準安定状態3に変化します。しかし、インクジェットプリントでリチウムイオンを吐出したエリアは準安定構造2のままなので、プリントした“オレンジ”マークと“ORANGE”の文字がオレンジ色の発光として浮かび上がります(図5c)。リチウム塩の“にじみ”は数十マイクロメートル以内なので、数ミリ角の基板にも情報を書き込む事が可能です。

 

図4. インクジェットイメージングのデモンストレーション

 

社会に与える影響と今後の展開
本材料は、「押す」や「擦る」といったことなった機械的刺激に応答するため、メカノセンシング材料への応用が期待されます。さらに、より具体的な応用としては、特定の分子を接触させることでのみ情報を読み出す事のできる「分子鍵」をコンセプトとしたセキュリティーイメージングデバイスへの応用です。インクジェット法により見えない情報を基板に書き込み、情報を送りたい相手に送付します。他方、材料の合成レシピと“たね”化のレシピを別便で同じ相手に送ります。この2つのアイテムを受け取った人にのみ、隠された情報を読み取る事ができる、セキュリティーデバイスへと発展することが期待されます。

参考文献1:Y. Sagara, T. Kato, Nature Chemistry 2009, 1, 605-610.
“Mechanically induced luminescence changes in molecular assemblies”

本研究が掲載されている論文:
Design Amphiphilic Dipolar π-Systems for Stimuli-Responsive Luminescent Materials Using Metastable States
S. Yagai et al., Nature Communications 2014, 5, 4013 (DOI:10.1038/ncomms5013)

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