合成生物学とは

合成生物学(Synthetic Biology)とは、生物や生物素材からなる機能をもった分子システムを設計、作成する様々な研究活動の総称です。合成生物学の実施者(Synthetic Biologists)たちは、以下ふたつの大きな目標を掲げています。

1)「合成することによって知る」、生物学研究の新しいスタイルを確立する。いままでの要素還元的な研究では得ることの出来ない,より深い生命についての理解をもたらす。

いままでの生命研究は、(1)いのちの構成要素(部品)の特定(狭義の分子生物学)→(2)特定したそれぞれの要素の物理・化学分析(生化学、構造解析)、という要素還元的なながれで進んできました。このやり方で蓄積された知識は膨大であり、多くの生命現象が、少なくとも因果関係というレベルでは、説明できるようになっています。更にヒトゲノム計画などさまざまな網羅的研究が推進され、人類は、少なくとも部品レベルでは、かなり緻密なカタログを手にしました。

ところが、このカタログを手にしたところで、私たちは依然として、生命の豊かな表現系を再現できない。それどころか、それぞれの部品の機能さえ、思うようには使いこなせません。カタログの項目は膨大でも、エンジニアがツールとして使える道具は、極めて少数です。その少数のものさえ、私たちには頼りない理解しかありません。なぜでしょうか。

最前線の生物研究者は、ある現象の根本的要素を特定するところに情熱を燃やします。見つかったところで、その要素の性質を徹底的に尋問されることはありません。本来、科学(実証主義)では「どんな未知の環境下においても、その振舞いを予言できる」ことをもってはじめて、「理解した」と考える。そうしてはじめて、工学につながる知識となる。ここに大きなギャップがあるのです。

そもそも、科学の研究はいずれも、「poke and then observe」のステージを終えたら、「synthetic」なステップに移るものです。

天然物化学の研究を思い起こしてください。薬理活性が見つかったとき,その物質を特定したのちは、分析化学者による構造決定(推定)がなされます。最後に,その推定構造をもつ分子は全合成され、合成された分子の薬理活性が実証されたときに、私たちは満足するのです。同じことが応用物理研究や材料研究にも云えます。

合成生物学の目指すところは、生物学の実証主義科学への脱皮(回帰)を促すこと、といえるかもしれません。

2)生命の持つ分子機能は無限であり、精緻であり、しかも可塑性が高い。その「よさ」を最大限に利用する、利用し尽くための技術基盤を確立すること。更には自前で生命に匹敵する、あるいはソレを超える分子系をつくりあげるための設計原理を洗い出す。

iGEMの「まじめな」遊びは、〜それが「まじめ」である限り〜 たとえそれが失敗したとしても、このExcitingな分野のメインエンジンとなるわけです。世界中のiGEMチームがそれぞれユニークな生物ロボット制作を狙っていますが、彼らの挑戦は,使うパーツそれぞれを、今まで決して問われたことの無いコンテキスト(人類科学史上、そして地球史上でも!)の上でテストしていることに他なりません。つまり、iGEMのメンバーは、構成要素それぞれの緻密な仕様書の作成を委託されているのです。

更に,iGEMの活動は、生物機能のデザイン原理を探る研究活動でもあります。沢山のiGEMチームが毎年活動することによって、生命についての私たちの分子的理解は、飛躍的に高まるでしょう。「どうしてこの現象(機能)は起こっているか」ではなく、「どのような条件を満たせばその現象(機能)は現れ得るか」を問うことにより、我々が将来、生命のような豊かで多様で精密な分子システムを、生物素材を使わず自前で創り出すための土台がつくられます。そして生物機能の分子科学は、客観性の高いPhysical Scienceの仲間入りを遂に果たすことでしょう。