環境調和高分子材料研究室

研究紹介

    高分子のコンホメーション特性−構造−物性−機能の相関の解明と、未知の高分子の構造・物性・機能をその原子配列から予測するという分子設計を、モデル化合物の核磁気共鳴法の実験と分子軌道法計算、高分子の溶液物性実験と統計力学計算で行っている。私たちの研究のキーワードは「相互作用」。種々のヘテロ元素が現す分子内・分子間相互作用が高分子の構造・物性・機能を実質的に支配している。この相互作用を明らかにし、分子設計に利用している。

  学生諸君の研究の実務は、モデル化合物と高分子の合成、NMR実験、光散乱測定などが主で、分子軌道法計算なども含む。 現在研究を進めている課題は次の通り。

地球にやさしいポリマー

・生分解性ポリマー

    生分解性ポリマーのコンホメーション特性を明らかにし、分子特性と溶液物性・結晶構造・熱的性質・分解酵素の選択性と相互作用の関係を明らかにしている。これまでに扱ったポリマーは、バクテリアが合成し分解するポリヒドロキシ酪酸(PHB)、天然物由来の原料から合成されるポリ乳酸(PLA)、石油由来のポリエチレンサクシネート(PES)、ポリブチレンサクシネート(PBS)。

    さらに、外科手術の縫合糸に使われるポリグリコール酸、PHBとの共重合化で物性を向上させるポリヒドロキシ吉草酸、ポリ乳酸の同族体であるポリ2-ヒドロキシブチレート、開環重合で高分子量化できるポリカプロラクトンのポリエステル類に加え、ポリアミドで生分解性を示すナイロン4へと対象を拡げている。これで生分解性ポリマーとして実用化されているもの、開発・基礎研究が進められているものをほぼ網羅できる。

下図はラクチドの開環重合で合成されるポリ乳酸(PLA)。




・炭酸ガスからつくるポリマー

    地球温暖化から自然と私たちの生活を守るために、炭酸ガスからポリマーを生産することで二酸化炭素を固定化することが試みられている。その主要なポリマーであるポリエチレンカーボネート(PEC)、ポリプロピレンカーボネート、ポリシクロヘキセンカーボネートを対象に研究を進めている。

・炭酸ガスを吸収するポリマー

    燃焼などで発生する炭酸ガスを吸収する働きをするポリアミンとして、ポリエチレンイミン(PEI)、ポリトリメチレンイミン(PTMI)、さらにエチレンイミンとエチレンオキシドやエチレンスルフィドとの共重合体をこれまでに扱ってきた。ポリメチルエチレンイミンが高い水溶性を示すポリカチオンであることを見いだし、その溶液物性、ポリアニオンとの凝集挙動を動的光散乱や表面電位の実験で調べている。PMEIにはDNA搬送用ポリマーとしての利用も期待される。

下図はPHBと分解酵素の相互作用を示している。分解酵素表面のくぼみが活性部位でそこにPHBが水素結合で付着する。(Nature Publishing Group の規定に従いPolymer Journal 誌から引用。)

硫黄を含む高分子

    芳香族ポリエステルの酸素を硫黄で置換した構造をもつポリチオエステル、ポリジチオエステル、芳香族ポリアミドの硫黄化物であるポリチオアミドをこれまでに分子設計し、新たに開発した方法で合成し、構造と物性を解析することで理論的な分子設計を実験で検証してきた。

図はポリアラニン(左)とポリチオアラニン(右)を表す。

    現在は、代表的なポリペプチドであるポリグリシンとポリアラニンをマイクロ波の照射でチオアミド化している。これまでに分子軌道法計算、NMR実験、高分子の統計力学で両チオアミドの構造・物性を予測している。さらに、グリシンとアラニン単位を多く含む天然の絹糸を硫黄化することで、天然物由来の含硫黄高分子の開発へと研究を展開する。マイクロ波による有機・高分子合成は溶媒を使わない環境にやさしい化学として近年注目されている。

高分子結晶の構造・物性への計算科学によるアプローチ

    私たちは、これまで主に高分子鎖単独の分子特性を調べてきた。これは高分子を理解し利用する上で最も基本的な情報である。しかし、材料としての高分子は固体状態で用いられるため、結晶構造に関わる知見も重要である。近年、高分子結晶の第一原理計算が実現しつつある。その応用として、高分子結晶の構造の最適化と分子間相互作用エネルギーの精密な評価法を確立することを目指している。

    高分子の究極の力学特性である真の結晶弾性率は、含まれる非晶相のため実験で求めることは難しい。そこで第一原理計算で結晶弾性率テンソルを求めることを試みている。これまでにポリエチレン、ポリプロピレンで良好な結果を得ている。ポリエチレンテレフタレート(PET )ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、スーパーエンプラへと研究対象を拡げてゆく。

    さらに、総合的な応用として、イソタクチックポリスチレンとシンジオタクチックポリスチレンについて、立体規則性と溶液物性・結晶構造・熱物性・力学物性との関係を明らかにしたい。


下図は結晶中の芳香族ポリエステル(PET、PTT、PBT)の分子鎖を表す。アルキル鎖部分のコンホメーションに因り、PETは高弾性を、PTTは柔軟性を示し、PBTはα結晶とβ結晶で構造転移を起こし耐衝撃性に優れる。

長期的な研究

    長期的な課題として、計算化学の手法を駆使して、高分子の構造・物性をどこまで予測できるかを研究している。例えば下図のような流れで。

計算化学の研究スキーム