千葉大学大学院工学研究院 / 共生応用化学コース
千葉大学大学院融合理工学府 / 先進理化学専攻 / 共生応用化学コース
表面電気化学研究室
◆研究概要

 エネルギー問題の解決とクリーンエネルギー開発を指向した基礎研究を行っている。表面構造を分子・原子レベルで制御するアトムテクノロジーと最先端の表面分析技術を駆使し,有機化学・高分子化学の分野と連携しながら,革新的な電極触媒を開発する。
 世界で唯一無二の多彩な単結晶作製技術と,プローブ顕微鏡・高感度振動分光法・超高真空技術・大型放射光施設での表面X線回折を駆使して最先端の研究を行う。

◆主な研究テーマ

(1)燃料電池反応を活性化する電極表面構造の探索

 燃料電池は極めてクリーンなエネルギー変換システムである。燃料電池のアノードでの水素酸化反応(H2 → 2H+ + 2e-)およびカソードでの酸素還元反応(O2 + 4H+ + 4e- → 2H2O)は電極表面で進行する。
 酸素還元反応は二重結合を切断する必要があるため進行しにくく,燃料電池の高効率化の障害になっている。また,燃料電池の触媒として多用されているPtは高価格かつ資源量が乏しいため,電極触媒中のPt使用量を削減することが燃料電池普及の重要な課題となっている。この課題を解決するためには電極触媒の活性を飛躍的に向上させる必要がある。当研究室では,表面構造を系統的に変化た単結晶電極(高指数面)を用いて,高活性な反応場の構造を原子レベルで明らかにし,Pt使用量の少ない実用触媒の開発に重要な設計指針を提供している。

 酸素還元反応の活性は電極表面構造によって大きく変化する(図2左)。Ptの場合,表面に密な段差のあるPt(110)面の活性が最大であり,原子が4回対称に並んだ平坦な構造のPt(100) 面の活性が最低である。一方,Ptと同族のPdの場合はPtと真逆で,Pd(100)面の活性が最大であり,Pd(110)面が最低活性である。Pd(100)面の活性はPd(110)面の45倍あり,表面構造の制御が活性増大に極めて重要な役割を果たしていることが分かる。 また,Pdの単結晶面を単原子層のPtで修飾すると,Pt1 mgあたりの酸素還元の活性がPt実用触媒の7倍に達している。これは,Ptの使用量を1/7に削減できることを示しており,現在は触媒メーカーによる実用触媒の開発に応用されている。
 系統的に表面構造を変えることができる高指数面を用いた研究で,Pt電極は原子が6回対称に並んだ(111)構造の切れ目((111)テラスエッジ)(図3)が存在すると酸素還元反応が活性化することが明らかになった。一方,Pd電極は前述のように(100)構造が酸素還元反応を活性化する。


図1 燃料電池の水素酸化反応(アノード)と酸素還元反応(カソード)と開発の重要課題

図2 (左図) 単結晶基本指数面の酸素還元活性の面依存性
(右図) 単層のPtで被覆したPd単結晶電極と実用触媒(TEC10E50E)との酸素還元質量活性の比較

図3 Pt電極の酸素還元を活性化する構造の剛体球モデルの上面図: (111)テラスエッジ

(2)疎水性有機物による電気化学反応の高活性化

 (111)テラスエッジの存在でPt電極上の酸素還元反応が活性化する機構は,テラスエッジによって電極表面の吸着水の水素結合ネットワーク構造が変わり,反応阻害種のPt酸化物が不安定化するためと考えられている。疎水性の有機物にも同じ効果が期待される。
  Pt(111)電極を修飾したアルキルアンモニウムカチオンのアルキル鎖を長くしていき疎水性が増すにつれて酸素還元の活性は高くなり,アルキル鎖の炭素数が6のTHA+の酸素還元活性は裸のPt(111)面の8倍に達する(図4左)。
  長鎖アルキルアミン(OA/PA)でPt(111)を修飾すると,クラスターサイズの小さい氷状の水が形成され,酸素還元の活性が向上する(図4右)。


図4 疎水性有機物による酸素還元反応の活性化

(3)電極界面の時分割計測

 上記の研究を遂行するためには溶液中で電極表面の実構造をリアルタイムで明らかにする必要がある。当研究室では,表面で起こっている現象を分子・原子レベルでリアルタイムに観測するため,最先端の高速原子間力顕微鏡(AFM)・走査型トンネル顕微鏡(STM)・赤外反射分光器・ラマン分光器・時分割計測用パルスレーザーを所有しており,抜群の研究環境を整えている。また,大型放射光施設で表面X線回折を時分割測定することにより,未知の表面構造とそのダイナミクスを次々に明らかにしている(図5)。


図5 表面吸着層のX線光子相関分光(上図)とパルスレーザーによる界面の熱誘起(下図)

図6 原子間力顕微鏡(AFM)で観測した立方体型Ptナノ微粒子の形状の電位依存性と溶解モデル

(4)超高真空中における電極界面モデリング

 電極表面の実構造をその場で観測するには電解液中で電位制御した状態で電極表面の測定が必要だが,分厚いバルクの電解液層が精密な解析を困難にするケースが多々ある。分子・原子レベルで電極界面の構造を精密に解析するには,バルクの電解液層を除き,電極表面の吸着種だけを残す超高真空中の測定が有効である(図7)。 当研究室では超高真空技術を駆使して,電極触媒活性に大きな影響を及ぼす電極表面近傍の水やイオンの構造を精密に決定している。


図7 (左)電極界面のその場観測と(右)超高真空中の電極界面モデリング

(5)水素社会実現のための水素製造触媒開発

 水素は燃焼しても水しか発生しないクリーンエネルギーである。また,電気エネルギーを水素の化学結合の形で貯蔵すれば,蓄電池のように自然放電することもない。水素にはエネルギーを安定して貯蔵できる特性もある。  
 しかし,現在の水素は化石燃料から製造されており,その過程で二酸化炭素が発生する。二酸化炭素を発生させない水素製造方法は,地球上に大量に存在する水を自然エネルギーを使って電解する電気分解である(図8)。  
 当研究室では,温室効果ガスや環境汚染物質を排出しない,世界最高水準のゼロエミッション高効率エネルギー変換システムの開発を目指して,水の電気分解による水素製造の高活性化を目指した研究を行っている。高分子であるアニオン交換膜による表面修飾(図9左),表面加工による活性サイトの形成(図9右)により,高活性水分解触媒の設計指針を提唱している。


図8 ゼロエミッション水素製造システムの概念図

図9 水電解水素製造触媒の活性化戦略
◆実験装置

【原子間力顕微鏡】

原子間力顕微鏡

 原子間力顕微鏡(AFM)とは探針と試料に作用する原子間力を検出するタイプの顕微鏡。AFM探針は、片持ちバネ(カンチレバー)の先端に取り付けられている。この探針と試料表面を微小な力で接触させ、カンチレバーのたわみ量、ねじれ量が一定になるように探針・試料間距離(Z)をフィードバック制御しながら水平(X、Y)に走査することで、表面形状を画像化する。近接する二つの物質の間には必ず原子間力が作用するため、AFMには試料に対する制約はなく、その用途は幅広い。

 AFMの用途 … (絶縁体の)微小領域の3次元計測/有機・高分子・バイオの観察、溶液中/電気化学、半導体、金属の観察/電気、磁気特性評(表面電位、インピーダンスなど)/機械特性評価(硬さ、粘弾性、摩擦力、フォースの測定など)

【高速原子間力顕微鏡】

高速原子間力顕微鏡

 原子間力顕微鏡には非常に高い垂直方向分解能を持つことや電子顕微鏡のような観測条件への制約がない。しかし、従来型の装置では1枚の画像を取得するのに数分の時間を必要とするため、非常に短時間のうちに進行する化学反応の過程に追従できないといった問題がある。

 この問題を解決するために開発されたのが高速原子間力顕微鏡(高速AFM)である。高速AFMは最大12.5 frame / secという高速スキャンが可能となり、画像の取得にかかる時間は従来型の装置に比べ、約1000分の1にまで短縮さた。これにより、これまで静止画としてしか捉えることができなかったサンプルの様子を動画として撮影することが可能となった。

 本装置を用いた研究では、モータータンパク質の働きや、酵素反応等の生命科学分野、更に本研究室のようなナノマテリアル分野で数多くの新しい知見が得られ、大きな期待が寄せられている最新鋭の分析機器である。

【走査型トンネル顕微鏡】

走査型トンネル顕微鏡

 走査型トンネル顕微鏡(STM)とは探針と導電性の試料表面との間に生じるトンネル電流を検出し、試料表面の形状をイメージングする顕微鏡である。トンネル電流とは物質の持つ電子がトンネル効果によって物質間を移動し生じる電流のことで、その大きさは物質間の距離に対して指数関数的に変化する。このため、試料−探針間に流れるトンネル電流をモニタリングすることにより、原子レベルの分解能を実現した。

 また、STMには大気中や液体中での観測が可能であるという特長がある。そのため、STMを使えば試料の表面構造をその場で観察することができる。

【赤外反射分光計】

赤外反射分光器

 分子などの吸着種が存在している金属試料表面に赤外光をあてると、振動エネルギーとして分子が光を吸収する。これにより反射光は入射光よりもエネルギーが弱くなる。分子の官能基毎の振動エネルギーは異なることから、その表面にどんな吸着種がどのような状態で吸着しているかを調べることが出来るのが赤外反射分光法( IRAS )である。

 本研究室では得られた光を干渉線として検出して、それらをフーリエ変換することにより詳細な情報を観測出来るFT/IR-6100を導入している。

【ラマン分光計】

ラマン分光計

 He/Neレーザーの赤い光を電極表面の吸着種に照射すると,吸着種が光(励起光)を吸収して電子が高エネルギーの振電準位に励起されると同時に,光(散乱光)を放出して基底状態にある振電準位に落ちる。励起光と散乱光のエネルギー差から吸着種の振動スペクトルが得られる。可視光レーザーを用いるので溶媒の水の影響を受けない利点があり,赤外スペクトルとは相補的な振動スペクトルが得られる。本来,ラマン分光法には表面選択性が無いが,電極表面にAuナノ微粒子を高分散させてプラズモンを発生させ,表面吸着種からのラマン光を増強する方法で表面選択性を持たせている。

【超高真空装置】

超高真空装置

 電極表面の観測の妨害となるバルク電解液を完全に除いた超高真空中で,電極表面・吸着種・溶媒和の構造の精密分析を行う。低速電子線回折(LEED)装置と様々な分子・イオンで表面を修飾する装置を備え,表面の赤外反射スペクトルも測定可能である。

【電気化学アナライザー】

回転リングディスク電極装置

 電気化学アナライザは、電気化学計測に必要なファンクションジェネレーターとポテンショスタットが一体化した装置である。

 単結晶電極の品質評価を行うサイクリックボルタモグラム(CV),酸素還元活性の評価を行うリニアスイープボルタモグラム(LSV),電位ステップさせて電流値の経時変化を測定するクロノアンペロメトリーを行うことができる。

 結果がデジタルデータとして得られるため、より正確なデータの解析を簡便に行える。

     

【回転リングディスク電極装置】

回転リングディスク電極装置

 ディスク上の電極を回転させて電極表面に対して層流を起こし、定常的な反応物質の拡散状態を作ることによって電荷移動反応を定量的に解析することを可能にする装置である。反応物や生成物の拡散速度を電極の回転数で制御できる。

 

【超純水製造装置】

チャンネルフロー二重電極測定装置

 超純水は極めて純度の高い水のことで、比抵抗値が約18 MΩ・cm以上、TOC値(有機物量)が50ppb以下のものをいう。

 本研究室での精製では初めに水道水を逆浸透膜に通してイオンを除去し,RO水を得る。RO水をさらにMilli-Q Advantage A10 Systemに通すことにより超純水に精製する。

 分子・原子レベルの研究を行う表面電気化学には超純水が必須である。

  

【IP読み取り機能付きラウエカメラ】

チャンネルフロー二重電極測定装置

 構造のわかっている結晶の方位をX 線によって決める方法のひとつとして、ラウエ写真の斑点に指数付けをする方法が広く知られている。 本研究室が所有するIP(イメージングプレート)読取一体型ラウエカメラでは、従来ではポラロイド写真に撮影していたラウエ写真をデジタル化することが可能である。デジタル化により種々の解析が簡易化され、結晶の面方位が容易に行えるようになった。

  

【誘導加熱炉】

チャンネルフロー二重電極測定装置

 電気化学では清浄な試料調整は不可欠な要素である。そこで、本研究室では高周波誘導過熱(High Frequency Induction Heating)により金属試料の加熱処理を行える誘導加熱炉を導入している。誘導加熱炉は加熱環境の選択性が良く温度コントロール( 1700 ℃ 以上可能 )を容易に行えるため、試料表面の原子配列の正確な調整や金属線の融解による単結晶作成などに用いる事が出来る。そのため、研究試料として用いているニッケルの単結晶作成や酸化されやすいルテニウムなどの貴金属の表面調整が可能となっている。