ケミカル・ガーデン

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 2004年のオープンキャンパス(工学部説明会)で研究室見学を担当することになり、高校生向けに化学に関心を持たせる内容として何か化学実験をしようということになりました。

どうせやるなら、視覚的に関心を引ける実験をしたい。さらに研究室の研究内容と多少は関連のある実験をしたい。そして高校生に理解できる範囲の化学で解説できることが望ましい・・・・。なんかいい実験無いかなぁ、と考えていましたが・・・

ところで当研究室ではケイ酸水溶液を原料とした固体触媒の作製を行っています。特に最近力を入れているのが、水ガラスが固まる(ゲル化する)条件を制御することによる生成するシリカゲルの細孔構造制御。水ガラス中のシリカ成分が固まる、まさにそのものの初学者向けの実験ならケミカル・ガーデンがあるじゃないということで、ぶっつけ本番でやってみたのが、上の写真です。

レシピを公開しましょう。

  1. 2Lペットボトルをカットして容器作製
    ガラス製容器でケミカル・ガーデンを作ると後処理が面倒。透明で適当な容器は無いかなあと研究室内を探すと、ペットボトル専用ゴミ箱にいいのがありました。カッターナイフで下半分を切り出します。怪我しないように注意

  2. 水ガラスを容器に入れて水で希釈
    研究室には研究用に水ガラス(JIS3号)を常備しています。通常ケミカル・ガーデンではもっと粘性の高い水ガラスが使われますがこの際気にしないことにします。希釈率も適当、大体5〜10倍程度にしました。軽くかき回して均一にしておきます。

  3. 各種遷移金属塩の結晶の塊を投入
    今回は研究室にある硝酸銅、硝酸コバルト、硝酸ニッケル、硝酸鉄、硝酸アンモニウムの5種類の塩を試してみました。薬さじですくった結晶粒をパラパラと上の溶液に落としていきます。後は静置して観察するだけ。

  4. 樹枝状シリカゲルの成長
    しばらくすると、加えた塩の種類に応じた色々な色の樹枝状の固体が、底から上に向かって成長していきます。紺色=コバルトイオンの色、青緑=銅イオンの色、黄緑=ニッケルイオンの色、茶色=鉄イオンの色です。イオンによって成長の仕方も異なります。銅とコバルトがメインで、硝酸アンモニウムは成長は見られませんでした。

成長の進行

ペットボトルの底の盛り上がりが、庭の築山みたいに見えませんか?

中学生相手の実験なら、こうしたものの成長する様子を眺めて、きれいでしょ、化学って面白いでしょ、で終わりにできるのですが、相手は高校生、しかもこちらは化学の最先端の研究を行っている、しかも水ガラスを扱っている研究室。付け焼刃のぶっつけ本番でも、しっかりした考察は必要です。


 というわけで、何でこんな構造が成長するのでしょうか?

 水ガラスはアルカリに溶解させたケイ酸の水溶液で、強アルカリ性です。このケイ酸はpHが中性付近になると急速に凝集します。一方の金属塩は強酸と弱塩基の塩なので溶解すると弱酸性。

 希釈した水ガラス溶液中に投入した金属塩結晶は表面から徐々に溶解します。そうすると溶解した部分の溶液のアルカリが中和されて局所的に中性〜酸性になり、ケイ酸が金属イオン結晶を囲むように凝集して固化する(シリカゲルが生成する)のです。

 この先の成長過程はモノの本を見ると以下のように説明されています。

この結果、金属イオンの濃厚溶液と水ガラス溶液が薄いシリカゲルの膜で隔てられることになります。そうすると浸透圧により金属イオンの濃度を下げるために水が外側から内部に浸透してきます。結果、シリカゲルの膜の上部が破れ金属イオンの液が漏れ出します。そうするとまた漏れ出した液と水ガラスとの界面でシリカゲル膜が生成します。このプロセスが繰り返されることにより、金属イオンの色のついた樹枝状のシリカゲルが底から上に向かって成長するのです。

 このような成長は電気分解などで結晶が成長しているのと見た目は同じように見え、「結晶が成長します」と説明している例も見受けられます。しかし、実はケミカル・ガーデンで成長する樹枝状の固体は結晶ではありません。非晶質(アモルファス、もしくはガラス質)のシリカゲルです。

 このシリカゲルは無数の細かい孔が開いておりその中を液が浸透できます。当研究室で作製するシリカゲルも化学組成は同じ。孔が開いているのも同じ。ケイ酸が固化する、仕方を色々に制御することで孔の構造を制御でき、様々な特性を持つ材料が作製できるのです。

 また、金属塩の種類によって色が変わるのは金属イオン中のd電子と光の相互作用による吸収波長の変化によりますが、樹枝状ゲルの成長の仕方も違うようです。金属塩の溶解度やその溶液のpH、金属水酸化物の安定性のpH依存性、様々な要素が関係していると思います。

 なお水ガラスの種類によってもケイ酸の原子レベルでの結合構造が異なるので、成長の仕方に違いがでるかもしれません。今回使用した3号ケイ酸は工業グレードで試薬会社は取り扱っていません(多分)。通常、ラボで入手可能な試薬として出ている水ガラスは、粘度の非常に高いものです。3号ケイ酸との比較も面白いかもしれません。


 なお、ケミカル・ガーデンの後始末ですが、中性になるように酸を加えかき混ぜます。このとき、pHが中性付近になるよう添加速度を制御してあげると、溶液全体が固まります。結構見ていても面白いものですし、pHとケイ酸溶液の固化の関係がよくわかりますので、興味のある方はどうぞ。

濃い酸を使って、pHを一気に酸性にすると、一部の沈殿が生成しますが、液体中にまだケイ酸が残っていて、しばらくすると同じように固まってしまうことが良くあります。中和した後はそのまま放置して自然乾燥して有害固形廃棄物とした方がいいかもしれません。

後処理したらこんな感じ(一気に酸性にしてみた)

この時、プラスチック容器なら簡単にシリカゲルは剥がれますが、ガラス容器を使うとシリカゲルがガラス容器とがっちりと結合して剥がれなくなって苦労します。

ということで次回のためのアイデア。

  • 水ガラスの種類による違いはないのか検討してみたい。違いがある場合その理由を考察
  • 加える金属塩の種類による樹枝状シリカの成長の仕方が違う原因を化学的に考察すべく系統的に実験を行ってみる。
  • 容器側面は平らなほうがいい。ペットボトルの凹凸は光の屈折により観察に不向き。廃棄物利用という利点はあるが。側面の平らなペットボトルを探そうか・・・
  • 容器をちょっと動かすと樹枝が倒れてしまう。底にスライドガラスを敷いたら後片付けも楽でかつ結合が強固になって倒れにくくなるかも?


 またご自身でやってみたいという方のためのアドバイス。
  1. 水ガラスは強アルカリ性の溶液です。液が飛び跳ねて目に入ると角膜がアルカリでおかされますので注意!。勿論、皮膚についたときも速やかに水で洗浄してください。
  2. 水ガラスは粘度が高く扱いになれないと、こぼしたりしやすいので注意。こぼしたら早急にティッシュなどで拭き取り、その後水ぶきしてください。アルカリが残留すると後の人に迷惑になるので何回か拭き直してください。
  3. 取り扱う金属塩はほとんど全てが有害物質であり、環境への漏出を避ける必要があります。廃液は必ず回収してください。また使用した薬さじを拭ったティッシュなども有害固形廃棄物として処理します。
  4. 一部「劇物」として取り扱いに規制がかかっている試薬も含まれます。管理は厳重に。
  5. その他、化学実験で通常要求される安全への配慮をしてください。本ページを参照してケミカルガーデンの実験を行いトラブルとなっても筆者は補償しかねます。