研究内容の詳細
有機王水を用いた湿式製錬システムの開発
当研究室では、ハロゲン化銅を含有するジメチルスルフォキシド(DMSO)や炭酸プロピレン溶媒が、貴金属やレアメタルを溶解することを発見しました(特許第6196662)。この溶媒を「有機王水」と呼んでいます。有機王水を用いた革新的湿式製錬システムの開発に取り組んでいます。
使用済み電子機器からの貴金属・レアメタル回収システムの開発
携帯電話、パソコンなど電子機器には、貴金属、レアメタル、銅などの様々な金属が使用されています。社会中の製品に蓄積されているこれらの金属を回収し、有効活用することが重要な課題になっています。
上の写真は、使用済み電子機器から回収されたCPU(左)および電子基板を粉砕したもの(右)。これらの中には、天然の鉱石以上の貴金属やレアメタルが含有されています。
当研究室では、有機王水を用いることで、70℃前後の温度において金やパラジウムなどの貴金属やレアメタルを短時間で溶解できるのみならず、水を添加することで容易に析出させる(回収する)ことができることを見出しました。本系を用いて貴金属やレアメタルの溶解および析出による回収を検討した既存研究事例は国内外に無く、この系は低温で劇物を使用しない経済的かつ環境調和型の貴金属・レアメタルのリサイクルシステムの構築を可能にします。純金属および合金を用いた溶解と析出の基礎的な研究をもとに、使用済み電子機器からの貴金属とレアメタルの回収実験を行っています。
従来型の湿式製錬が困難とされてきた黄銅鉱などの鉱石への適用
銅は世界で3番目に生産量の大きな金属素材です。世界で産出されている銅の多くは黄銅鉱(CuFeS2)から生産されていますが、近年、その品位の低下が顕著となっています。黄銅鉱に対しては、硫酸水溶液を用いる既存の湿式製錬法は、銅の浸出速度が著しく遅くなるため適用できません。当研究室では、このような鉱石に対しても有機王水を用いた革新的湿式製錬システムの開発に取り組んでいます。
有機王水を用い、100℃にて2時間の浸出により、黄銅鉱中の銅成分は完全に溶解できます。左の写真は、黄銅鉱を溶解し、残渣をろ過したろ液を冷却することにより析出した硫黄の結晶。
左の写真は、残渣の光学顕微鏡写真。輝いて見えるのは黄鉄鉱(FeS2)で、有機王水は、経済価値の小さい黄鉄鉱やヒ素などは溶解せず、経済価値の高い銅や金などを選択的に溶解することが分かってきました。
固体王水を用いた白金属リサイクルシステムの開発
当研究室では、塩化鉄(FeCl2)と他の塩化物の混合溶融塩を「固体王水」として利用し、自動車・建設機械用触媒からの白金族金属のリサイクルシステムの開発に取り組んでいます。
自動車や建設機械の排気ガス浄化に利用される触媒には、白金族金属が多く含有されています。触媒スクラップからのリサイクルによる、これらの元素の有効活用が重要な課題になっています。
上の写真は、実際の建設機械から回収された使用済みの触媒(左)と、それを粉砕したもの(右)です。これらには、白金(Pt)やパラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)といった、高価値な白金族金属が多く含有されています。含有濃度が鉱石の数百倍から数千倍程度になることも珍しくありません。
当研究室では、この自動車用触媒を「固体王水」で処理し、含有される白金族金属を抽出するシステムの研究を行っています。王水や高温の溶融金属などを用いる従来の手法よりも穏やかな条件で処理が可能なことに加え、複数の元素を単純なプロセスで分離・回収することで、システム全体で環境負荷の軽減を図っています。
これまでに、白金やパラジウムについて、「固体王水」による溶解、および高純度での回収が確認されています。さらに、それぞれが共存する場合や合金を処理した場合でも、上図に示すようなプロセスで分離・回収が可能なことが確認されています。白金族金属同士の分離には、通常複雑なプロセスが必要となり、また廃液の発生やエネルギー消費の大きさが問題となっています。一方、「固体王水」による分離ではごく単純な固液分離のみで分離・回収が可能なことから、経済的、かつ環境調和型のリサイクルシステムとなりえます。
今後は、上図に示すようなプロセスを経て、ロジウムなども含有する自動車用触媒から各元素を分離・回収するシステムの開発を進めていきます。加えて、イリジウム(Ir)やルテニウム(Ru)など他の白金族金属への適用も進め、白金族金属の効率的な利用に向けた応用研究を実施していきます。
世界大でのマテリアルフローの動的モデル化
当研究室では、鋼材のみならず、アルミニウム、銅、亜鉛、カドミウム、インジウム、金、銀、PGM、ディスプロシウムなど、金属製品のマテリアルフローの動的モデル化に取り組んでいます。
上の図は、社会における素材のライフサイクルの概念を示している。素材のライフサイクルは、地中からの鉱石の採掘に始まり、製造(金属の場合は製錬)、製品への使用・蓄積、廃棄、リサイクルからなる。この社会における素材の流れ(フロー)と蓄積(ストック)は、下の図に示すように、時間と共に変化する。素材の過去各年における社会への投入履歴と、最終製品の寿命分布から、素材の社会中の蓄積および廃棄量を推計することができる。これを「マテリアルフローの動的モデル化」と呼んでいる。
このマテリアルフローの動的モデル化により、日本および世界各域における各種素材のストックと廃棄量(二次資源としての排出量)を推計することができる。
鋼材の例を示す。下の図は、世界の各域における鋼材ストック量の経年変化を示す。2005年時点で、世界の鋼材蓄積量の総量は120億トンを超え、一人当たり2.5トンと推計されている。これが、人工鉱山と呼ばれる社会中の素材蓄積量で、将来、スクラップとして排出されるのを有効に活用していかなければならない。(詳細は、Hatayama et al., Environmental Science and Technology, 2010を参照のこと。)
マテリアルフローの動的モデル化から何が分かるのか?この研究が、何に役立つのか? この疑問にお答えしましょう。
1) 3R(Reduce, Reuse, Recycle)政策への提言
下の図は、ベースメタルと随伴元素の関係を示す。ベースメタルとは、鉄、アルミニウム、銅、ニッケル、亜鉛など、消費量の大きい金属素材を言う。これらベースメタルの鉱石は、他の様々な元素を含有している。(随伴元素と呼ぶことにする。)例えば、亜鉛鉱石には、液晶ディスプレイ(LCD)に使用されるインジウム(In)やニッカド電池に使用されるカドミウム(Cd)が含有されている。
亜鉛鉱石は、亜鉛の需要に応じて採掘される。随伴元素が、鉱石から採取され製錬されるかは、随伴元素の需要により決定され、需要がなければ廃棄されることになる。下の図は、インジウムの物質フロー分析の結果である。見ての通り、鉱石に含まれるインジウムの9割以上が、採掘・製錬段階にて廃棄され、最終的に製品に使用(蓄積)される量は微量であることが分かる。
現在、液晶テレビなどのLCDからインジウムのリサイクル技術が研究されているが、効率的な3Rを実現するには、採掘・製錬段階での回収が最も有効であることが分かる。使用済み製品からの素材の回収を進めるのみならず、将来の資源価格高騰に備え、現段階で需要が無くても、製錬段階にて鉱石から随伴元素を抽出し、備蓄しておくなど必要な処置を講ずる必要がある。
さらに、各種素材のライフサイクルにおける接点(Linkage)を検討することで必要な対策が浮き彫りになる。下の図は、鋼材、亜鉛、カドミウムおよびその他の随伴元素のLinkageを示す。
亜鉛はユニークな元素であり、その用途の多くは、鋼材のメッキ(亜鉛メッキ鋼板)に用いられている。それゆえ、将来、鋼材需要が増大すれば、亜鉛の需要も増大する。一方、亜鉛鉱石には、カドミウムなどの随伴元素が含まれている。近年、Rohs指令等の規制により、カドミウムの需要は減少傾向にある。しかしながら、ニッカド電池等、社会中には既に大量のカドミウムがストックされている。今後、社会におけるカドミウムのストックを回収し、カドミウムのサイクルをクローズ化させ、亜鉛鉱石の消費を抑えて、新たに生産されるカドミウムを極力低減しなければならない。そのためには、世界においてストックからの亜鉛の回収を促進させ、亜鉛のサイクルも同時にクローズ化させなければならない。そのためには、(亜鉛メッキ)鋼材のサイクルもクローズ化させる必要がある。このように、マテリアルのサステナビリティを検討するには、一元素のみに着目した規制では意味が無く、各種素材のLinkageを鑑みた包括的な3R政策が必要となっている。
そのような状況の下、松野准教授は、カドミウム・テルル太陽電池の製造会社大手である米国のファーストソーラ社から依頼を受け、カドミウム・テルル太陽電池の環境と健康安全に関してレビューを行いました。報告書は以下のサイトからダウンロードできます。
「カドミウム・テルル(CdTe)太陽光発電システムのライフサイクルにおける環境と健康安全に関する科学的レビュー」ダウンロード
2) 将来の素材需要の予測
下の図は、一人当たりのGDPと社会中の一人当たりの素材ストック量(In-use stock)の関係の概念を示している。一人当たりのGDPは、その国・地域での経済発展の度合いを示す。一人当たりのGDPが増大するにつれ、経済的に豊かになるので、一人当たりの自動車や建築物の所有が増大し、社会中に蓄積される素材量も大きくなる。しかしながら、その量は、無限に増大するのではなく、ある程度の量になると頭打ちになる。なぜなら、インフラや生活環境が整備されると、それ以上、製品を所有する必要が無くなるからである。このように、一人当たりのGDPと社会中の一人当たりの素材ストック量は、ロジスティック曲線などS字型の曲線で相関をとることができる。
ある年(t)の、社会中の素材蓄積量をS(t)と表わすと、素材蓄積量の変化ΔS(t)は、以下の式で表わすことができる。上記の相関式により、将来のS(t)やΔS(t)は、その国・地域のGDPや人口の予測値により推計することができ、社会からの排出量は、過去の素材の投入量および最終製品の寿命分布により求めることができる。それゆえ、将来の社会への素材投入量(=需要量)は、以下の式により簡単に求めることができる。
上記の概念に基づいて、鋼材に関して世界の2050年までの需要量を推計したのが、以下の図である。このように、マテリアルフローの動的モデル化により、各種素材の将来需要を予測することができる。(詳細は、Hatayama et al., Environmental Science and Technology, 2010を参照のこと。)
衛星画像や地理情報システム(GIS)を用いた社会中の素材ストックの推計
衛星画像の中でも、夜間光衛星画像は、人間の活動強度と強い相関があることが知られている。夜間光が強く観測される地域では、人口、エネルギー、経済活動が強い傾向がある。この原理を利用し、世界の土木・建築鋼材のストック量を推計することが可能である。人口衛星画像は、地球全体をカバーするので、統計データが得られない国・地域においても鋼材ストック量を把握できる特長を有する。
上の図左は、人工衛星が捉えた首都圏域の夜間光衛星画像である。右は、地理情報システム(GIS)より入手した東京首都圏域の土地被覆状況である。この「市街地」で表わされる領域の夜間光を抽出すれば、下記の図のようになる。
東京首都圏の都市における夜間光を抽出したもの。夜間高強度が強い領域には、建築鋼材のストック量が大きい。この原理を、世界全体に適用し、世界大の土木・建築鋼材ストックを把握できる。
なお、世界全体の夜間光衛星画像を見てみると、石油採掘所におけるガスフレアの光が強く映し出される。このガスフレアが放つ光は、鋼材ストックとは相関が小さいので、それらを削除する必要がある。
上の図は、ヨーロッパおよびロシア西域における夜間光衛星画像である。画像右上に白線で囲った領域には、ロシア西域における石油採掘所のガスフレアの光が強く映し出されている。それらを画像処理により削除したのが下の画像であり、これらの画像を用い、鋼材ストック量を推計する。
下の図は、夜間光衛星画像と地理情報システム(GIS)を用いた、世界の土木・建築ストック量を推計し、地理分布を示したもの。(詳細は、Feng-Chi Hsu, Christopher D. Elvidge and Yasunari Matsuno, International Journal of Remote Sensing, (2012)を参照のこと。)
現在は、鋼材のみならず、銅やコンクリートなど、他の素材についても検討を行っています。
情報化社会の進展に伴うエネルギー、貴金属・レアメタル消費の動態解析
私たちの生活に、インターネットをはじめとする情報化技術(IT)は不可欠のものとなった。携帯電話等によるモバイル化、放送のデジタル化、コンテンツのリッチ化、音楽配信や映像配信等のコンテンツビジネスの成立等、個人のライフスタイルや企業のビジネスモデルに変革をもたらした。情報化技術が環境問題に貢献する分野は多様であり、ITの活用により物理的な物・人間の移動を情報の流れで置き換えることによるエネルギー消費の削減の効果が大きい。
その一方で、情報化社会が扱うデジタル情報量は「情報爆発」と呼ばれるほど指数関数的に増大し、インターネット内でのデータ・トラフィック(情報流通)量が急増した。これに伴って、パソコン、サーバ、ストレージ、ネットワーク機器等のインターネットを構成する機器の稼働台数と消費電力量もそれぞれ急増していることが次第に明らかになってきた。さらに、近年の情報通信機器には、貴金属およびレアメタルが多数、使用されており、これらの素材の安定供給が不可欠である。また、電子部品等のいわゆる「都市鉱山」に蓄積された金属の濃度は鉱山よりも高いことが知られており、使用済み製品からの金属あの回収ポテンシャルの把握、そして回収体制の充実を図ることが喫緊の課題となっている。
携帯電話には、1台あたり平均40 mg前後の金が含有されている。日本全体では、使用済みとなった携帯電話のうち1億台以上が退蔵されていると推計されている。これが「都市鉱山」と呼ばれる資源のストックである。(詳細は、高橋ら、日本金属学会誌、2009を参照のこと。)
データセンターには、数多くの電子基板が使用され、その中には貴金属、レアメタル、銅などが使用されている。将来の情報インフラを維持するために、今後も消費量は増大することが予想されている。
ライフサイクルアセスメント(LCA)の適用による製品・技術・サービスの環境負荷低減効果の定量化
ライフサイクルアセスメント(LCA)は、製品やサービスの環境負荷を、資源の採掘から廃棄に至るまで定量化し評価する技法である。太陽光発電システムや、電気自動車は、使用中にそれ自体からは何も環境負荷を排出しないが、製造段階および他所から(電気自動車の場合は発電所から)環境負荷を誘発している。それらを定量化し、適正に評価しなければ、既存のシステムと比較して「どちらが環境に良いか」について検討することはできない。LCAは、そのような検討に威力を発揮する手法である。
LCAの適用による製品・技術・サービスの環境負荷低減効果の定量化に関しては、以下のテーマに取り組んで来ました。
- 電気自動車とガソリン自動車の環境負荷の比較評価
- ネットを通じた音楽配信とCDによる音楽配信の比較評価
- 廃プラスチックのケミカルリサイクル(高炉およびコークス炉での利用)によるCO2排出低減ポテンシャル
また、LCAをポピュレーションバランスモデルと組み合わせて、省エネ製品(エアコンや電気自動車)やスマートグリッドシステムが普及する際の社会全体で誘発する温室効果ガスの将来予測を行っています。
宮古島の大規模ソーラー発電システム。スマートグリッドの普及には、電力需給の平滑化、安定化が必須であり、太陽電池の他、効率の高い蓄電池システムが必要である。それらには、各種の素材が用いられており、安定供給が必須の課題となっている。
当研究室では、社会における人間活動の動態のモデル化と環境負荷の誘発量の定量化に取り組んでいます。
その他
サステナブルな、安全・安心な社会を構築するためには、食料自給の問題、生物多様性の保護など、取り組むべき課題が多々あります。当研究室では、皆さんと知力を結集し、困難な課題に挑戦していきたいと思います。