全ての道はバイテクに通ず

環境汚染、エネルギー枯渇、地球温暖化、食糧問題... 大きな問題ばかりですが,結局は,科学者にしか解くことのできない課題です。そして,これら全てに抜本的な解決を与え得る唯一無二の技術こそが,合成生物学です。

細胞~究極のエコプラント

我々の享受する物質文明は、化石燃料にひどく依存しています。身の回りの化成品はどれも,原油の一部を改質して造られます。この「ものづくり」インフラは、有害な廃棄物/廃液が大量に伴い,膨大なエネルギーを消費し,地球の元素循環にも深刻な影響を与えています。
私たちの物質文明は,地球環境の保全とは両立し得ないのでしょうか。化成品の合成法を効率化し化学産業の環境負荷を減じるのも一手ですが、これは対処療法に近く、100年先を見越した完全解とはいえないでしょう。

いっぽう,もし,全ての化学合成を生物(細胞)に託すことができれば、上の問題は解決します。生物は、複雑で多段階な分子の全合成を効率的に、そして驚くべき選択性をもって遂行します。その過程は,有機溶媒抽出も蒸留も分液操作も要さない。出る廃棄物は、バイオマス(それもまた,飼料やエネルギー源として再利用可)だけです。Biocatalysis、そして whole cell synthesis に拠る物質生産社会を築くこと;私たちを含め、世界中のバイオ工学系研究室が背負う重要な使命です。

「罪を償う」分子機能

すでに進行しつつある環境破壊。これらに最も有効な手だてを提供するのも生物機能です。土壌や河川の環境浄化という課題にも、微生物が応えてくれます(Bioremediation)。自然界には,さまざまな有害物質の検知/分解機能をもつ分子装置があります。進化工学は,次々に生み出される有害物質の検出装置,分解装置の創出に極めて有効です。合成生物学は、次世代の環境監視・浄化技術を可能にします。

エネルギプラントへ!

バイオマスエネルギー、バイオ燃料電池、そして究極には光合成経路の再構成...エネルギー問題にも、生物工学者は無数の解答を提供し続けています(→DOEのBiomass Programへ)。とくに光合成は、CO2を排出するどころか、それを消費して化学エネルギーを作り出す。太陽光は無尽蔵でクリーンなエネルギー源。これを効率的に利用する生物の分子技術を転用する技術の開発は,文明の持続性を担保する上で喫緊の問題です。

医学合成生物学

合成生物学は,医学分野においても急速に拡大しつつあります。すでに (1) センサを搭載した微生物を用いたウイルスや病原菌,がん細胞の検査技術,(2) がん細胞やウイルスの除去予防,(3) 医薬品の超効率的合成、などの開発が世界的に広がりつつあります。私たちも,肥満予防薬の開発法の研究,抗がん治療のための酵素開発などを展開してきました。これからは,私たちの技術を,抗体医薬や核酸医薬の製造などにつかってゆきたいと考えています。

食糧問題へ

我々の食糧はすべて生物素材です。そもそも,生物工学は食糧工学でもあるわけです。遺伝子組み換え作物が社会で正当な評価を受けるには時間がかかりそうですが,この瞬間にも飢餓問題は進行しています。極限環境で育つ植物、栄養価の高い植物、食べると疾病予防効果のある植物....我々科学者は,準備していなければなりません。うちは工学部化学科の研究室で,扱う生物も微生物のみですが,私たちのつくる酵素機能や細胞機能の制御技術は,植物バイオの発展にもいずれ大なる貢献をすると確信しています。